■術士、辟易する 一

 例えばの話をしようか。
 場所は夜の埠頭。相手は一人で右手にリボルバー。両者の距離は約二メートル。
 黒光りする砲身はこっちの右胸に突きつけられ、引鉄に人差し指、撃鉄には親指が当てられている。
 対してこちらの用意は降参のポーズのみ。肘の角度を90度に保ち、頭と手の間は等間隔。まったくの無防備を表し、へらへらと薄ら笑いを浮かべているのだ。
 金銭の貸し借りや確執等の理由はすべて捨て置こう。ただ、こちらが殺されそうになっている状況との認識だけで結構である。(説明:俺)


 Q.1:この状況から逃れる術はあるか? (○か×で答えよ)
 Q.2:また、その場合はどう行動するべきか? (簡潔に50文字以内で述べよ)

 A.1:○でもあるし×でもある
 A.2:○の場合は50文字じゃ足りないので別途レポートでも出します。
    ×の場合は大人しく心臓を撃たれてのた打ち回って死にましょう。


「なァ、なめてんのかテメェ。こういった場合は黒か白かで答えろっていっつも口すっぱくして尖がらせて言ってんだろーが。あんまふざけってっとケツに竹槍突っ込んで喉に通すぞ?」
「そういった二極主義は俺には合わないんす。どんな時でもあらゆる可能性を考慮して行動しないと、いざと言う時に雁字搦めになっちまいます。俺はそんな狭量な視野を獲得するなんて御免っす」
「狭量なのはテメェのその偏屈主義だ。社会には社会のルールっつーもんがあんだよ。郷に入っては郷に従えって言うだろーが、あぁん?」
「そんな固い頭してるから今でも男が寄ってこないんですよ。(ピー)歳で未婚のくせに」
「―――ん、だ、と、おんどるぅぁあああああ!」


 明くる八月三十日は陸月一流、十六歳の誕生日である。
 それと同時に、今まで過ごした土地を離れ、保護者である真田楓と共に都会へと移り住む事となった。
「あー、やっとこさ田舎から脱出したって感じだ。あんなところじゃいい男がいねーもんなぁ」
「前半には同意します。でも楓さんの場合、どこにいても寄り付かないと思いますけどね」
 交通量の少ない道で、ジープが左右に揺れる。対向車がいた場合は完全にアウトな軌道を遠慮なしに動く。
「テメェわざわざ嫌味かコラ。ケンカか? ケンカ売ってんのか? それならそうと言え。今すぐ黒コゲにしてやっからよォ?」
 運転者である真田楓の鼻息はかくも荒く、まるで闘牛のごとく猛る。栗色の綺麗な髪を豪快に散逸させ、それらは汗で肌に吸い付いていた。
「まあ、寄り付かないというか、仮にいたとしても寄り付けないですよね。外見年齢中学生だし下手すれば犯罪になっちまいます」
 陸月一流の舌は止まらない。そしてなんの恐れもなしに、メガトン級を解き放った。
 今度のジープはアッパーをくらったように、縦に揺れた。


 全員頭の後ろで手を組んで床に伏せろ、早くしろ、撃つぞ。
 キャーキャーワーワー助けて助けてー。
 うるさい黙れ、殺すぞ。
 リボルバーではなくショットガンだった。埠頭ではなく銀行だった。
 かなり相違はあるが、シチュエーションとしてはあの日のテストと悲しいくらいに合致する。
 漫画みたいな展開だなぁと一頻り考えてから、一流も他の客と同じく、床に伏せた。
『あ、そういや金降ろしてくんの忘れてた』
 冷たい床をじーっと見つめていると、たった五分前の事が走馬灯のごとく蘇ってくる。
 ああ、あの時自分が降ろしてくるだなんて言わなきゃよかったかな。
 ああ、その金でガリガリ君を買いたいとか思わなければよかったな。
 さぞや楓は怒るだろうが、彼女の分も買っておけばまあ黙ってくれるだろう。
 冷静に、しかし現実を直視しないように、一流は考える。黙っていればまあ怪我はしないだろう。
 そういえば楓さんはどうしているだろうか。あの人は待つのが嫌いだから、今頃キレているかもしれないのが怖い。
(キレてねーよ。あたしキレさせたら大したもんだよ)
 今この状況よりもその後の事で慄いていると、思考回路に楓の声が割り込んできた。
 しかし一流は動じず、冷静に受け答える。
(あれでもまだキレてないんすか……)
(まあガキ相手に本気でキレるなんて真似、それこそガキっぽいからな。んで?)
(見ての通りっすよ)
(見ての通りって、シャッター閉まってて見えねーよ。まあ大体想像はつくけどな。ちょっと待ってろ、直接視るから)
 そこで一旦、楓の声は途切れる。
 先程まで怒号と悲鳴のアイランドだった銀行内は耳鳴りがするほど静まり返っている。対して外からはサイレンの音が断続的に聞こえてくる。静と動のコラボレーションだ、やったね。一流はそこで初めて、自分が少しばかり混乱している事を理解した。
(待たせたな一流。ちょっとばかしお邪魔すんぞ)
(あ、はい)
 再び割り込んできた楓の声のおかげで、少しだけ落ち着きが戻ってくる。
 一流はバレないように少しだけ顔を動かして、強盗たちを見やる。幸い気付かれずに済んだようで、再び目を伏せた。
(全部で4人、四人全員ショットガンで武装済み、と。なるほ)
(まあ大人しくしてりゃ危害は加えられないだろうし、黙って床に伏せてるわけっす)
(アホかお前)
 いきなりアホのレッテルを貼られた。一流はそこで「Why?」と自問自答するも、先ほどの自分の発言になんら不備はないと結論付けた。
(基本が試せるいい機会じゃねーか。あたしの教え子ならここで燃える)
(無茶言わないでください。こういうのの最初は師匠同伴でしょーに)
(こういう時だけ弟子面すんなガキ。……お、警察が強行突入するみたいだぜ。あと十五分だそーだ)
 段々と楓の語尾が妖しくなってくる。笑いを我慢している様な含みがあった。
 悪寒と諦観。一流は二つの単語を巡らせた。
(実戦形式課題だ一流。警察が突入するまでに状況を打開しろ。出来なかった場合は破門すっからな。ああ、そろそろ切るぜ。接続式は苦手だし、疲れるし、だるいし。それじゃーな愛弟子)
(ちょ、楓さん待っ)
 ぷつん。
 逃げ場、退路、共になし。横道もない。あるのは一本道だけ。
(そういう自分だって、こんな時だけ弟子扱いしないでもらいたいですよ)
 意識を封鎖しておけばこんな悲観的にならずに済んだかもしれない。時間と引き換えに安全を手に入れられたかもしれない。
 しかし外の警察は強行突入をすると言う。その場合、一流だけではなく周りの人たちにも被害が及ぶ可能性がある。
 加えて破門となると、それはそれで嬉しいかもしれないが、自分が生きていくに当たって非常に困った事になるわけで。
(あと、十三分か……)
 静かに大きく息を吐いて、一流は覚悟を決めた。